【御詠歌】
あくにんとゆきつれなんも弥谷寺
ただかりそめも良きともぞよき
仁王門から石段を400段(裏参道有料道を使うと120段)登った所に大師堂があります。本堂は、さらに140段登ると岩山に囲まれるように佇んでいます。本堂裏の岩山の洞穴に不動明王と毘沙門天の扉をはめ、千手観音を安置したとされ、その拝堂として本堂は建立されたと伝わります。本堂からは讃岐平野を一望することができます。※画像1は本堂
大師堂の奥にあり、獅子が口を開いたような岩窟で、弘法大師が明星之窓(岩屋右手)からの光りで学問修行に励まれ、帰朝のち金銅の五鈷鈴を納めたといいます。大師像のほか父君・母君・摩崖仏などが刻まれ、五鈷鈴は国の重要文化財に指定されています。※画像2は獅子之岩屋
弥谷寺の歴史・由来
創建について
今からおよそ1300年前。人皇第45代聖武天皇の勅願により、行基菩薩が堂宇を建立し、疾病平癒の為、光明皇后により、『大方広仏華厳経』がお祀りされ、寺院を創建したといわれています。また、華厳経以外にも、寺宝の経典の中には天平年間724年頃につくられた経典が残っており、少なくとも724年以前には寺院が建立されていた事が伺へ、大師生誕(774年)の50~100年程前に創建された事が分かっています。
霊山信仰
弥谷寺のある弥谷山は、古来より霊山(仏山)として信仰されたといわれ、日本三大霊場の一つに数えられたとされます。古来より、人々は山々に仏や神が宿ると信じ、その山を霊山(霊峰)と呼び信仰の対象としたとされ、この信仰は、お遍路の元となった、辺(遍)路信仰(へじしんこう)の1つともいわれています。弥谷山の霊山信仰では、『本堂下にある、水場横の洞窟が神仏のせかいへの入口だといわれ、特別強く信仰された。』とされ、霊山信仰を持った修験者により刻まれた摩崖仏が今も無数に点在しています。また、こういった信仰は現在も残され、水場の洞窟に水経木と呼ばれる真言を書いた木札をお供えし、山頂から流れ落ちてくる霊水で、経木を洗い清めるお水まつりが参拝されています。
獅子之岩屋
獅子之岩屋は、『弘法大師が9~12歳の頃、この岩屋にて修学(学問)に励まれた』といわれています。
また、寺院創建の頃より、この岩屋の右手奥にある洞窟は経蔵として使われていたとされ、大師はこの経蔵から経典をとりだし、岩屋の窓(明星之窓)からの明かりで、修学に昼夜問わず励まれたといわれています。
岩屋の形が『獅子が咆哮をあげた形に見える事から獅子之岩屋』と呼ばれ、「獅子の咆哮は仏の説法と同じ」という仏教の信仰から、この岩屋の前で信心をおこし参拝する事で、『その身につくあらゆる厄災を獅子が食べ尽くし、その身を護る』といわれ、信仰されています。
洞地蔵尊(ほらぢぞうそん)
首から上の病に御利益があるといわれるお地蔵様です。獅子之岩屋に向かう途中の大師堂内より参拝でき、座って岩壁の10㍍上方を見上げないと姿を見る事ができないお地蔵様です。
弥谷寺の見どころ
大師堂本堂・獅子の岩屋・弥陀三尊磨崖仏(大師堂から本堂へ向かう途中の岩壁にあり、大師が刻んだとされています。「磨崖仏(まがいぶつ)」と呼ばれ、真言を唱えると極楽往生ができるともいわれます。)
弥谷寺の年中行事
- 修生会
- 日時:1月1日
- 息災護摩供養結願/節分会
- 日時:2月3日
- 永代経土砂加持法会/春分会(春のお水祀り)
- 日時:3月20・21日
- 息災護摩供養
- 日時:5月20日
- 本尊会(夏のお水祀り)
- 日時:7月17日
- 秋分彼岸法会
- 冬至(息災護摩供開白)
- 日時:12月22日
第71番札所 剣五山 千手院 弥谷寺
(けんござん せいじゅいん いやだにじ)
- 宗派
- 真言宗善通寺派
- 本尊
- 千手観世音菩薩
- 開基
- 行基菩薩
- 創建
- 天平年間(729〜749)
- 真言
- おん ばざら たらま きりく
アクセス情報
- 所在地
- 〒767-0031 香川県三豊市三野町大見70
- 電話
- 0875-72-3446
- 駐車場
- あり
- 宿坊
- なし
- 公式HP
- https://iyadanizi.xsrv.jp/
さぬき豊中インターチェンジから高松市内向きに国道11号線・県道48号線へ。ふれあいパークみのの看板に沿って走り、右手少し上がった所に駐車場があります。
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